HEIZO COFFEE HISTORY
HEIZO COFFEEは、その創業以来、コーヒーの品質と情熱を追求してきました
私たちの歴史は、最高の豆を厳選し、独自の焙煎技術で仕上げることから始まりました
お客様に愛される味を提供するため、常に進化し続るHEIZO COFFEEの物語をご覧ください

台灣の山地は珈琲生産地域を示す「コーヒーベルト」の北端にほぼ含まれており、その恵まれた気候と地形を生かして、南部の山岳地帯では戦前からコーヒー栽培が始まりました
日台の協働研究により品質はさらに向上し、昭和天皇へ献上された記録も残されています
この戦前からの歴史の背景には、北海道帝国大学の農業技術が深く関わっていました
海を越えて台灣で研究と栽培に尽力した林平三の功績に敬意を表し、私たちはその名を冠した「HEIZO COFFEE」ブランドを立ち上げました


林平三(1904-1989)
誕生3月30日静岡県磐田市掛塚出身。実家は廻船問屋で、彼の祖父は静岡銀行や遠州鉄道の基盤をつくった平野又十郎(1875年の英国船ジェームズ・ペイトン号連難者の通訳として活躍)
静岡県立浜松第一中学校(現・静岡県立浜松北高等学校)卒業後、北海道帝国大学林学実科に進学。NHKドラマの「いだてん」にも出てくる田畑政治(日本水泳の父)が関わっていた水泳の浜名湾流の師範代として指導していました

1904

1940
埔里の北海道帝国大学
農学部附属台灣演習林派出所所長に就任北海道帝国大学の優れた技術を台灣に持ち込み、笹尾修道氏らが発展させた珈琲栽培の技術を城生鉄血氏、そして林平三が引き継ぎ台灣珈琲の発展に貢献しました。戦後は台灣の人々がそれを引き継ぎ発展させています


2023
台灣にて林平三記念式典開催
8月4日、台灣の埔里で「演習林日治時期場長林平三特展」を現存する派出所内にて開催(現在は中興大学管轄)しました。式典当日はあいにくの台風直撃でしたが、多くの南投県の政府関係者も式典に出席し、テレビや新聞などでも取り上げられました


2025

小学館のサライで、林平三による貢献が掲載雑誌
「サライ」にて、当ブランド創業者の祖父・林平三が取り上げられ、台灣珈琲の歴史の中で重要な役割を果たした一人として紹介されています。林平三は非常に筆まめな人物であり、
台灣・埔里での生活や研究の様子を克明に記録していました
その豊富な資料が、記事制作の過程で大きな手がかりとなり、弊社の歩みと日台コーヒーの深い歴史を広く伝える貴重な機会となりました

2026

受け継ぐ歴史から、共に創る未来へ
2026年、私たちの活動はさらなる広がりを見せています
台湾の豊かな土壌が育んだ一杯の珈琲を、より多くの方の日常へ点と点が線でつながり、台湾珈琲の新しい物語が世界へ向けて動き出しています
